
フェラーリ・348tbの開錠作業です。1989年に発売されたこのモデル、日本でもバブルの余韻がまだあった時代なんで街中で良く見かけていたのを思い出しました。
驚いたのはオーナーさんのとても若い事、なんでも生まれは所有する348の方が早いそうでお客さんにとってはもうクラシックモデル的なイメージなんだとか。
往年のスーパーカーと、とても若いオーナーさん、ちょっとしたギャップを感じている内にふとある記憶が…それはいつか自動車雑誌だったかの記事で読んだ「スーパーカーは無理をしてでも若い内に…」といった内容のコラム。
経済的に余裕のない世代にスーパーカーとはスゴイ矛盾なんですがそのコラムによるとお金では買えない感性といったものが重要なんだそう。つまり動体視力や反射神経などが衰えない内に所有するのが運動性能が研ぎ澄まされれたスーパーカーを楽しむ為にベストなんだとか。
当時、三十歳位だったJ隊員はその記事を読んで何とも言えない喪失感を覚えたのが思い起こされます。そんな話をしたら謙遜しながらもお客さんは笑ってくれました。
パドルシフトなんかの先進装備などは無かった時代の348、カチカチとした操作感が評判だったフェラーリのマニュアルシフトはお客さんの感性に何を訴えるんでしょうか?
