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父 優しさ編

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【父 逸品編】

歳をとっても変わらず元気で、飛んでいるハエを箸で捕まえそうな雰囲気を醸す父でしたが、2011年11月に体調不良で病院へ行くと末期癌である事が判明します。既に全身へ転移しており手術は不可能、告知された余命は6ヶ月でした。母からその事を告げられた時、とうとう来るべき時が来てしまったかと思う反面、全く実感を伴いません。でも残された僅かな時間は嫌が上でも死に向かう現実です。僕に出来るのは会いに行く事くらいなんですが、お見舞いに行くと父は必ず言うのです、「大変だから東京から来なくてもいいぞ」と。

2012年3月某日、夜、プリウスの解錠依頼で現場に向かう準備をしていると携帯へメールが届いた。病院で父に付き添っている弟からで、「兄貴、父さんが下顎呼吸を始めました」という内容だった。それを見てとても心穏やかではいられませんが優先すべきはプリウスの解錠、弟への返信は後にして現場へ向かった。

真っ暗な駐車場、そこで鍵穴を覗いているとまた弟からメールが来た。嫌な予感はしたが仕事を全うするまでは携帯を開く訳には行きません。少しだけ目を瞑りその後一気に内溝を解錠する。お客さんを見送り誰もいなくなった駐車場、そこで深く息を吸ってからメールを開いた。

「兄貴、父さんが亡くなりました。 父さんを連れて帰るね」

子供の頃、無口で厳格な父が大嫌いでした。その嫌いという感情が僕自身の人生を大きく左右しますが、その事で何が起きても絶対に後悔するまいと心に誓い成長しました。でも東京に出てきて一人暮らしをし、歳を重ねながら色んな経験をしていくうちに気付いたのは、父の事を嫌いだと思っていた感情、それは僕の偏屈で意固地な性格が素直さを裏返してしまった為ではないかと。

弟から貰ったメールを見詰め続け、もう鳥の事もリスの事も草木の事も聞く事が出来ないのだと思うと、僕が子供だった頃からの父の記憶が溢れかえり、のた打ち回りたい衝動にかられながら稚拙だった己の行いを悔やみました。

「わざわざ来たのか、無理して来なくてもいいんだぞ」 生前最後に会った時、聞き取るのがやっとの声でそう言ってくれた父の顔が忘れられません。

【父 最後に】

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