
何をしてもうまくいかないときというのは・・振り返ってみると、自分のことしか考えてないように思います。
五体満足なら本来は誰かの役に立たないといけないところ自分の利益を追求しすぎるとダメなんだろうと思います。
そもそも、なぜ人の役に立たないといけないのか・・表面的な部分ではよく分からないんですが、心のもっと奥の方では「誰かの役に立てる自分」というのを望んでいるような気もします。これが理想と呼べるものなのかもしれません。
もしかすると、理想という名の心の自分は全て把握していて、この理想から外れていくと、この「もう一人の自分」から強烈な修正プログラムが入るのかもしれません。
うまくいかないのを「罰が当たった」とか神がかり的なものにすると、この修正プログラムを見逃してしまいますね。身の程知ったその先に、もう一人の自分のソースを垣間見れるのかも。
現実というのはセコくて女々しくてミットモナイ限りなんですが、理想の叱咤激励があるから前進出来ているような気がします。
