
銀行の窓口で番号札を持ってイスに座っていたら、隣の人が電話していて「勘弁してくださいよー。もう少し待ってください」みたいな会話を小声でしているわけです。
どんな人でもままならないときってあるよなーと思っていたら、色々と妄想がふくらんでいきました。
昔はままならない先に何かが待っているというか、頑張った成果やゴールばかり見ていたんですが、今はその課程のほうが重要と思っていて、ゴールそのものよりも何を選びどんな歩き方をしたかのほうが大切だなと思っているわけです。
「ままならないとき」というのは半ば強引に正しい選択を迫られているようなシチュエーションですね。隣の人は(勝手な妄想で申し訳ないけれど)本来歩むべき道へ修正するタイミングなのかもしれません。
さらに妄想を続けると・・どんな人でも「ままならないとき」が用意されていて、それが確実に定期的にやってくるのかも。いずれ死ぬときに「自分なりに頑張ったなー」と思って成仏出来るように、頑張るに値する舞台が用意されているような感じでしょうか。
それは何もしないで寝ているだけでも確実にやってくるし、何かに挑戦している人にも等しくやってくるという・・
誰しも願う平穏とは裏腹ですが「何もしなくてもハラハラドキドキするんだったら」と思えれば、人生がちょっと面白くなるような気もするんですよね。
こんなどうでも良いことを、銀行の窓口で妄想していたというお話です。
